2011年02月23日
遺伝子検査技術の進歩

東京も大雪に見舞われました。
雪なんかにびくともしない可愛い日本寒水仙は、さながら、地上に舞い降りた天使たちのようです。
中国の古典では水仙は、その水辺で咲く姿を、仙人にたとえられたようです。
水仙の学名、ナルキッソスは、ギリシャ神話で、水鏡に映った自分自身に恋してしまった、美少年ナルキッソスに由来しています。
何とも、水面の中の像は、ナルキッソスの想いに応えてはくれず、絶望した少年は悲劇を迎えます。
社会の一員として私達は自己評価でなく、他人の評価で仕事の役割を担っていくことになります。そのギャップが著しいと生き難い社会となり、不登校やうつ病などの原因となってしまうのではないかと思います。
他人とは違う自分を大切に、存分に社会に役立つよう、時には自己反省もしつつ力を蓄えていきたいものです。

<あなたと私の違いは遺伝子上のSNPs(スニップス)>
細胞の核内のアデニン(A)、 グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の30億個の核酸塩基の配列そのものが、遺伝情報になっています(図の右)。
人の遺伝子の99.9%は同じ配列であるものの、個人によって塩基配列に僅かな違いがあることが明らかになってきました。
ある生物種集団のゲノム塩基配列中に一塩基が変異した多様性が見られ、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られる時、一塩基多型、SNPsと呼びます(図)。
ある特殊な人だけにまれに見つかった変異は多型ではなくミューテーションと呼び、遺伝病や発ガンの原因です。
SNPsは、糖尿病や動脈硬化(脳卒中や心筋梗塞の原因)など、これまで生活習慣病と呼ばれていた病気に関係していることが明らかになりつつあります。
SNPの違いによって体内の酵素の働きなどが異なるので、SNPsを調べれば、特定の病気にかかりやすいかどうかが判別でき、また特定の薬物にどのように反応するかも予測できるのです。
従って、遺伝情報による患者個々の体質に応じたより適切な医療はオーダーメイド医療、と呼ばれ、SNPsを利用した診断の実用化と普及が大いに期待されています。
今後は測定の迅速性、簡易化、コストの低減化のための基礎研究も必須です。私も開発研究にチャレンジです。
<遺伝子検査>
DNAは安定ですので、犯罪捜査や親子鑑定などの個人識別にも極めて有効となりました。
豊富になった遺伝子情報によって、これまでの培養法に変わって病原微生物の検出や感染源の調査も可能となりました。
また特に、今までの臨床検査で分からなかったガン診断や遺伝病の確定も出来るようになり、再生医療とともに遺伝子治療にも焦点が向けられています。
今後、遺伝子検査・診断のニーズが高まってくることが予想されます。
しかし、最近、遺伝子検査を子供の進路や適正など教育に適応しようとするビジネスがあるようです。
時期早々といわざるを得ません。なぜなら、人の能力は多数の遺伝子のオン、オフが時間とともに複雑に組み合わさって、多彩な環境のもとで醸し出されていくからです。
またヒトの遺伝子解析は個人の情報に留まらず、血縁関係者に共通することとなりますので社会倫理上充分に熟慮すべきことですね。
<遺伝子発現の調節役はRNA>
生命のしくみを知るべくゲノムプロジェクトが、10年に渡る膨大な国家予算のもとに、世界的に全DNA配列決定を目指して進められました。
遺伝子解析の先端技術開発が切磋琢磨されたのみならず、思いもよらぬことが分かってきました。
それはマイクロRNAです。
DNA(デオキシリボ核酸)の遺伝情報をRNA(リボ核酸)に写し取ることを転写といい、転写によって出来たメッセンジャーRNA(mRNA)は核の外に出て翻訳、すなわちmRNAの指示するアミノ酸配列からタンパク質の合成を行います(図の左下)。
さて、生命の複雑な機構を統合していくためには、転写を調節する必要があります。何かがDNAに働きかける必要があるのです。
これまでDNAの読み取りに働きかける分子はタンパク質である転写因子が知られてきました。ところが特定のタンパク質を作るための遺伝子ではないDNAから読まれる、すなわち非翻訳RNAが遺伝子の発現を調節し、発現の仕方に微妙な影響を及ぼすことがわかってきたのです(参考文献)。
ですから沢山すぎるジャンクDNA配列、とヒトゲノム解析で思われた配列が機能RNAを産生しているなら、思った以上にヒトの遺伝子数が少なかったという解析結果も納得ですね。
最近、マイクロRNAを過剰発現させた培養神経細胞の研究で、記憶を司る海馬の神経信号伝達の機作にマイクロRNAが関与し得ることが報告されています(文献)。
RNAが利発な脳を繰るのでしょうか。食べ物からの核酸も脳の機能や健康に大きく関わりそうですね 。
マイクロRNAの微細な調節機構が明らかになれば、生命のしくみのみならず難病の解明や治療に新展開が見られるかも知れません。
2011年02月08日
日本に必要なのはセンス・オブ・ワンダー

自然の摂理に畏敬するこころ、それが逆境にもめげない、自らの生きる道を探せるような感性を生み出す、と聞きます。
そこに、閉塞を脱却するための道がありそうです。
時空の永劫性や人の命のはかなさから関心を背けないこと、が大切ということでしょうか。
<数分で命が消える――>
はかない命といえば、私はやはり脳の重要性を思います。
私達は日々何のことなく、息を吸う → 肺が空気を取り込む → 肺から血液が酸素を取り込む→ 血中のヘモグロビンが酸素と結合して血液に乗って脳まで流れる→脳細胞がヘモグロビンから酸素を捕る、その酸素を使ってブドウ糖を分解してエネルギーを得る→神経細胞が巧みに協働して、意識を保つ、思考を練る、ということが出来ています。
ところが薬物ショックや脳幹部の障害、事故などで心肺停止状態がおきると虚血となり、酸素の供給が絶たれます。
すると脳の機能は3~5分で停止し、神経細胞は死にます。脳死です。
いち早く血流を再開して酸素を供給しなければなりません。
最近はどこでもAED(自動体外式除細動器)の文字を目にします。
音声に従って誰でも出来るようになっていますからイザと言う時は気道の確保、呼吸の確認をして、蘇生率を上げるべく渾身の力が振り絞られるべきです。
<脳の毛細血管>
一刻を争う理由は、脳には,100億以上の神経細胞があり重量は体重の2%ほどですが、その酸素消費量が全身の25%にもおよぶからです。
脳は酸素を一番多く消費する極めて酸素要求性の高い組織なのです。しかも酸素を蓄えておくことができません。
ですから、脳は多くの血液と酸素を間断なく要求するのです。
脳の毛細血管の血流と脳機能は強く関連します。
酸欠になると欠伸のみならず、やる気や根気のエネルギーが失せます。
時に私は、ひと呼吸や飴玉ひとつで脳がクリアーに~。
脳の毛細血管は特別な構造です。血液脳関門という機能があり、神経細胞に必要な物質(栄養)のみを取り込み、不要な物質は取り込まない、体の他の毛細血管とは解剖学的に異なる仕組みが整えられています。それを支えるのは血管内皮細胞同士の密着結合(tight junction)とグリア細胞(アストロサイト)です(図)。

この血液脳関門の障害には血管性認知症があります。
血液脳関門の機能変化をバイオマーカーによって検出出来るようになることが脳の健康管理に極めて重要です。
<酸素を貯蔵出来る色素蛋白質>
酸素を脳に運ぶのは血液中のヘモグロビンです。
成人のヘモグロビンは、αサブユニットとβサブユニットと呼ばれる2種類のサブユニットそれぞれ2つから構成される四量体構造をしています(図の下)。
それぞれのサブユニットはグロビンと呼ばれる蛋白質部分に補欠分子族である1つのヘムを持ち、ヘムが酸素と結合します(立体構造図)。
すなわち、ヘモグロビンは局所の血中酸素分圧によってヘム部にO2を結合させたり、また蛋白質の末端にCO2を結合したりしてどんな末端にも酸素を供給します。
私達の身体にはこの酸素運搬屋である赤血球のヘモグロビンの他に、肉や魚の赤身などに多いミオグロビンという、酸素を結合できる赤い蛋白質があります。それは唯一酸素を貯蔵できる筋肉の蛋白質です。
ところが最近、脳の神経細胞にもヘムをもつヘモグロビン類似蛋白質が見つかりました(参考文献1,2)。脳神経機能における解明が待たれます。
生死を分かつクリテイカルな5分がたとえ少し延びただけでも、人命救助への恩恵は測り知れません。ですから、脳にも発現し得るこれらの分子を制御できる薬剤が開発されて、緊急時には自分の脳細胞から酸素が供給出来るような仕組みが開発されたら良いと考えます。
<寿命が延びたら認知症が増大してしまった>
脳・心血管系障害による死因がトップになりつつあります。
脳の血管が詰まる ことによって脳梗塞、血管が破れると脳出血、これらの疾患が脳卒中と呼ばれ、神経系が障害されたり認知異常が現れたりします。
血管の障害は加齢や生活習慣の乱れによる動脈硬化が主な原因のようです。
脳・心血管系が異常になると酸素供給が低下して、細胞内でのエネルギー産生が障害され、神経細胞の有用蛋白質の産生低下や異常蛋白質が作られたりしてしまいます。そして神経細胞死が生じてしまうのです。
一旦起こった動脈硬化はもとに戻せません。
正常な老化として血管の動脈硬化は進んでいきますが、できるだけその進行を防ぐ努力が必要ですね。
生命力を下げない、病気になりにくい体にする、そのために若い時から生活習慣をしっかり守り、自分で健康管理を行うこと、が大切です。