2012年08月15日
モバイルDNAで遺伝子治療をする

モバイルphoneよりずっと大切なのがモバイルDNAです~
私たちの身体を作っているのは主に蛋白質です。その蛋白質をコードしないDNA配列は、いわゆるジャンク遺伝子といわれます。哺乳類ではゲノムの~97%も占めています。大腸菌では10%くらい。
注目すべきはそのジャンク遺伝子が脳において‘動く遺伝子’として沢山複製されていたことです。
どうやら私たちはジャンク遺伝子を使って進化の過程で環境に適応すべく高次機能を持つ脳を獲得したり、さらにまた個性発現のための多様な神経細胞を作るためにこの非コード化遺伝子を移動させたり増やしたりして利用してきた、ようなのです(参考)。
双子が成育環境によって違ってくる理由も‘動く遺伝子’で説明されるかもしれません(図、左下)。
なぜなら運動や勉強が‘動く遺伝子’の活動を刺激して、脳内ネットワークの構築が変わることがあり得るからです。
この動くDNAはゲノムへの挿入の仕方によってトランスポゾンとレトロトランスポゾンに分けられます。
トランスポゾンはいわゆるカット&ペーストをして他の場所に挿入されるのに対して、レトロトランスポゾンはコピー&ペースト型の複製をします(図、右上)。
この挿入を見てウイルスみたい、と思った方もおられますね。そうです、RNA型ウイルスはレトロウイルスといって逆転写酵素を持っていてRNAからDNAにしてから宿主のゲノムDNAに入り込みます。
もしかしてウイルスは動く遺伝子がゲノムからちょん切れて細胞外に出てきたの?
私のゲノムはウイルスと共生しているの?
はたまた私の脳はウイルスに乗っ取られているの?・・・・やっぱり・・
ところで、この‘動く遺伝子’を染色法による顕微鏡観察によって、はるか半世紀以上も前に見つけた人がいます。マクリントック(1902-1992,米国)です。
<マクリントックによるトランスポゾンの発見>
とうもろこしの美味しい季節となりました。
日本のコーンは淡黄色一色なので遺伝のことなど考える間もなくお腹の中です。しかし装飾用として見かけるインディアンコーン(図、左上)の斑入り模様には誰でも一度は「なぜだろう」と思ったに違いありません。
これを見て、マクリントックは研究をはじめたのです。
そして遂に、色素の遺伝子の発現を調節する調節遺伝子が動き回るから、図、左上のように種の色の多様性が出るのだ、と考え至ったのです。
しかしその頃世界は、DNAからRNAそして蛋白質、というセントラルドグマ一色でしたからマクリントックが「遺伝子が動く」と主張しても誰も振り向こうとはしなかったのでした。
この画期的な生物学的研究結果は時がはるか過ぎてから認められました。
彼女が81歳のときでした。
彼女はノーベル生理医学賞の受賞の報告を得て「あらまっ」と一言つぶやいていつもの様にトウモロコシ畑にスタスターー、という話は有名です。
<動く遺伝子と疾患>
‘動く遺伝子’は脳の機能だけに目を向けていてはいけませんね。
癌の発生や難病の原因は過度に偏った生活習慣やストレスによる、‘動く遺伝子’の制御逸脱による、と考えられるからです。
生活習慣病や癌、精神疾患など多くの病気がひとそれぞれで多種多様に活動する‘動く遺伝子’に原因がある、となると治療が混迷する訳も納得です。
早くトランスポゾンやレトロトランスポゾンの位置がコンピューター化されたマッピングによって個人の診断情報として使えると良いですね。
まさに目指すべく個別化医療の為せる業となりましょうか。
疾患と遺伝子変異については、既に原因として単一塩基多型(SNP)(本ブログ)という個人ごとの変異によってある種の癌や神経変性疾患が生じることが分かっていて解析が可能です。
レトロトランスポゾンによる疾患も見つかり、その中に2.6kbのSVA型レトロトランスポゾンが挿入している福山型筋ジストロフィーがあります。
この遺伝病は日本人特有で二万人に一人と発症率が高く、十代で死に至ります。
常染色体劣性遺伝性神経疾患であり、異常遺伝子をヘテロに持つ発病しない保因者の方は八十八人に一人という高頻度とのことです。
発症のメカニズムはレトロトランスポゾンが筋肉機能に大切な糖転移酵素の遺伝子に入り込んでしまい異常な糖タンパク質が出来てしまうことによります。
ゲノムプロジェクトの成果として今やSNP解析も巨大な遺伝子の配列決定も夢のように迅速簡便となりました。
今後は、疾患の原因遺伝子は何か、トランスポゾンの挿入サイトはどこなのか、発現や構造にどのような異常が生じたか、どういう関連蛋白質が影響されているのか、などのよりシステマティックな研究が切望されます。
重篤な遺伝子異常疾患の治療には早急に、外部から新たな原因遺伝子を補充するか、正常に発現している細胞を移植しなければなりません。幹細胞を使った再生医療の技術が世界中で切磋琢磨されています。
<遺伝子の導入にはトランスポゾンを含むヴェクターのデザインから>
最初の遺伝子導入の試みはウイルスを用いるものでした、しかし毒性が強すぎました。
細胞に余計なDNA配列が入ったことによる癌化のリスクを無くすべくトランスポゾンを使った技術開発が始まりました。
動く遺伝子の仕組みを応用して、転移に必要なトランスポゼースとそのヘルパータンパク質を発現するベクターからなる共導入システムにすればウイルスやプラスミドだけをヴェクターとするより安定で効率が良いことがわかりました(図、右下)(参考)。
既に哺乳類への適用としてSleeping Beauty, piggyBac、Tol2の非ウイルス性ヴェクターが 開発されています。
これらは再生医療で重要な人工多能性幹細胞(iPS細胞)における分化決定因子の強制発現にも有用でした。
と、こんなに進んだものの未だ、外来遺伝子を身体の標的場所に、また細胞のゲノムの適切な位置に挿入するのは至難なのです。
さらにまた大きな問題が分かってきました。
DNAの塩基配列だけの情報で遺伝子を動かすことは出来ない、すなわち動く遺伝子の活動を繰る要因が別にあったのです。
それはまさに遺伝子では決められていない、DNAのメチル化やヒストンの修飾なのです。
この現象はエピジェネティックといい、遺伝情報は変化しないが何らかの刺激によってDNAへの化学修飾(DNAのメチル化やヒストンの修飾など)が起きて、そのために特定蛋白質への読み取りの増減や動く遺伝子の活動の抑制度が左右されるのです。
従って、治療や予防のために、後天的に起きる遺伝子の活性制御を解析するエピジェネティックス(本ブログ)の学問にブレークスルーが強く求められるのです。

きゅうりのグリーンカーテンです。
あっという間に30cmにもなり、
美味しいきゅうりが食べられます。